「会社の寿命は、平均わずか三十年に過ぎない」――1984年のベストセラー「会社の寿命“盛者必衰の理”」で最も有名なこのフレーズを生み出した日経ビジネスは、最近では「グローバル化、ネットワーク化等、事業環境変化が進む中で、もはや企業の寿命(盛期)は30年どころか、10年は確実に切ったと見られる」と述べています。だからこそ「100年企業」は特別な存在として注目され、尊敬されるのでしょう。

さて。なんと、本日ご紹介するタキヒヨー株式会社の創業は、1751年(宝暦元年)。徳川幕府は八代将軍吉宗の治世、その最後の年に呉服と絹の卸商「絹屋兵右衛門」としてスタートを切った同社は、幾多の変化を乗り越え、今、グローバル企業を目指す新たな挑戦を開始しています。日本でも有数の超・老舗企業のこれまでとこれからについて、IR室長の中村さんにお聞きしました。

Q1: 御社のビジネスは何ですか?わかりやすく教えて下さい。

中村:
タキヒヨーは、テキスタイル(生地)の提供からブランド服の生産、量販店・専門店向けアパレル製品の製造と卸売を営む企業です。

レディースアパレルを中心に、ベビー・キッズ、紳士、ホームウエアまで、およそ衣料品と名のつくものはほとんどフルラインで手がけておりますので、女性の方々であれば私達が納めた生地や洋服を一度は身につけたことがある、あるいは目にしたことがあるという方が多いのではと思います。

ライセンスブランド

プライベートブランド

ホームページ「Licence & Private Brand」より引用)

―― 確かに、見たことがあるブランドが多いですね…!
これらのブランドの他に、相手先のブランドで製造しておられる、あるいは生地を提供しておられる場合も多いと思いますが、販売先(流通チャネル)としてはどのようなところがあるのですか?

中村:
それはもう、色々!百貨店や専門店から量販店(チェーンストア)、通信販売、アパレルメーカーまで幅広い取引があるのが、私たちタキヒヨーの最大の特長です。

それこそ、1着が100万円にもなる海外の高級ブランドのワンピース生地から、1着1,980円で売られている量販店のワンピースまでご提供しているのは、当社ぐらいでしょうね。

タキヒヨーの強み

(クリックして画像を拡大:個人投資家向け会社説明会用資料(2011年4月) P4より引用)

―― それは幅が広いですね…!

中村:
国内外問わず、多岐にわたる販路と仕入先を持っている、その点については、セルサイドアナリストの方々からも非常に高くご評価を頂いています。
長年に渡って事業を営み続けてきたからこそ、そういった仕入先様、販売先様との関係があるわけで、これらを両方持っている会社はなかなかないと思います。

Q2: 御社の強み、他社との違いはどこにあるのでしょうか?

―― 数多い販売先の中でも、御社は量販店ルートにお強いと聞いたのですが、それはいつ頃からのことなのですか?

中村:
昭和30年代、つまり日本に量販店(チェーンストア)が生まれた頃からです。

第二次大戦後、消費者の嗜好は和装から洋装へとどんどん変わって行ったのですが、当時は既製服を大量に作れる企業はありませんでした。ですから当社自身が当時東洋最大規模の縫製工場を作って既製服を製造し、物流センターも作り、100店舗に向けてそれぞれ配送できるような体制も整えてきたのですが、これは国内でも最も早い部類だったのではないでしょうか。

当初は問屋さんに納めていたのですが、その後、モータリゼーションの進展もあって、東京では長崎屋や西友、イトーヨーカ堂、関西ではイズミヤ、ダイエーなどのチェーンストア大手が次々に誕生していきました。

そうした中、当社が本社を置く名古屋エリアには量販店がありませんでしたので、当時から販売先であった3社(岡田屋、フタギ、シロ)の合併を仲介してジャスコ(現在のイオングループ)の立ち上げを支援したり、ユニーの合併成立にも関わって最初の出資をしたりと、自分達自身の手で量販店ルートを作り出して来ました

沿革

(クリックして画像を拡大:個人投資家向け会社説明会用資料(2011年4月) P2より引用)

―― なるほど、御社はまさに量販店とともに伸びて来た歴史をお持ちなのですね。
その後、事業環境はどう変化したのですか?

中村:
1970年代から80年代までは、まさに流通の主役として大いに栄え、当社の売上拡大を支えてきたチェーンストアでしたが、1991~92年をピークに、その売り上げは落ちて行きました。

衣料品専門店国内売上高推移(百貨店・チェーンストア)

(クリックして画像を拡大)

経済産業省発表の商業統計(上図)で見ると一目瞭然なのですが、チェーンストア(ピンク)の衣料品の販売実績は、91年には4兆円ぐらいあったものがずっと下がり続けて、最近では1兆5千億ぐらいになっています。

―― 確かにそうですね。チェーンストアだけでなく百貨店の売上も2000年代に入ってからは減少が続いています。一方で、御社の売上(緑)はそこまでの減少にはなっていないように見えますが、これはなぜですか?

中村:
冒頭で申し上げました「販路(チャネル)」開拓の賜物です。
百貨店も量販店も売上が低下していった91年以降、非常に伸びて行った専門店が2社あります。この期間、当社は今日本でもっとも勢いのある専門店2社のうちの1社とのお取引を積極化してきました。現在、当社にとって一番の販売先がその専門店ですし、相手方にとっても最大の仕入れ先は当社になっています。

―― 和装から洋装へ。問屋から量販店へ。そして量販店から専門店へ…。
御社には幅広いチャネルを維持しつつ、その時々の流通の覇者――強い企業とのお取引を厚くすることで、市場のニーズに応えて来た歴史があるということですね。その時々で“強い企業”をパートナーとすることができた御社の強みはどのあたりにあるのでしょうか?

中村:
商品企画力や生産・物流体制ももちろんですが、他社と圧倒的に違うのはテキスタイル(服地)ですね。

衣料品は素材の質があってこそ。トップデザイナーの競演であるパリコレクションでも、デザイナーの方々が最初にこだわるのは、テキスタイルです。生地に長けているというのは当社の非常に大きなアドバンテージですね。

たとえば、国内の有名レディースブランドの上下左右にストレッチがきくシャツやパンツの生地は非常に評判が良く、愛用しておられる方が多いのですが、この生地、当社も当初から協力して作ってまいりました。

縦横両方向にストレッチを効かせるのは、実はとても難しいことのです。でもそれを可能にし、「あの着心地が醍醐味」と多くのお客様におっしゃっていただいている、それは当社のテキスタイル力や商品開発力・生産力のひとつの証明と言えます。

タキヒヨーの特徴

(クリックして画像を拡大:個人投資家向け会社説明会用資料(2011年4月) P8,P16より引用)

Q3: 事業環境とその対応は?  また、それに対応する成長戦略は?

―― 先ほどの衣料品市場のグラフのお話に戻るのですが、91年以降の市場縮小の要因について、どのようにお考えでおられますか?

中村:
ファッションの低価格化に加えて、衣料品の耐久性が著しく向上してきたとことも要因になっています。
今や、学生のお小遣い程度で買えるアイテムも、色や柄などの流行さえ気にしなければ、3年だって5年だって着ることができますからね。単価が下がって耐久性が増しているんですから、小売市場の規模が縮小するのも当然、ということになるのでしょう。

―― 「安かろう、悪かろう」ということはないのですか?

中村:
少なくとも当社がお納めしている商品に関する限り、そのようなことはありません。
その証拠に原材料を値切ったり、安易な縫製でコストを下げた商品は消費者からそっぽを向かれ、店頭では売れ残ります。

日本の市場は世界で一番成熟しているとよく言われますが、それは、日本の消費者が良い商品をきちんと選べる感度を持っているということなんですよね。
単に安さだけでなく、工程の複雑さや、新しい機能といった、工夫を見抜く消費者が日本には多いのです。

―― ということは、低価格化はさらに進行する…?

中村:
もちろん、販売側としては「1,900円で買うのは嫌だから、私は8,900円、9,900円で買います」というお客様は大事にしたいですよ(笑)。大事にしたいですけど、それでもやっぱり減っていきますよね。

そうなると、大量に作って、大量に安く売るという商品はこの国で作っていたら間に合わないですよね。今一番人件費が安いのはミャンマーですから、最終的にはミャンマー製に取って代わられるところまで、価格破壊は、どんどん進んで行くということは容易に予想されます。

―― 2011年から、御社は全社方針として「グローバルチャレンジ  ~変革と前進~」を掲げておられますね。
今お話いただいたような事業環境の中でどうやって成長を図っていくのか、そのキーワードになってくるのが「グローバル」である、そういった理解でよろしいでしょうか?

中村:
おっしゃる通りです。当社はその時々の結果的に「伸びる会社」とのお取引が拡大しつつ、アパレル市場の中で、ほぼフルライン戦略で、そして販売チャンネルも広範に持ちながら事業を営んでまいりました。
これは今までのところは非常に正しい選択、戦略であったと思いますし、実際、今、国内マーケットをかなりの部分でおさえることができているのはその成果だと言えます。

ですが今、事業環境は大きく変わっています。
世界の中から日本を見る目っていうのを持たないと、日本にいて日本の市場だけを守ろうと思っていても、もうそんなことができる時代ではありません。

―― 外資系企業がどんどん入ってきていますしね。

中村:
そうですね。ZARAやH&Mといった世界のトップランナー、それこそ日本で一番の衣料品専門店を大きく上回る売上規模を持つファストファッションブランドがこぞって日本に進出しています。
これはもう、本当に強敵なんですよ。彼らが沈みゆく量販店や、専門店の領域をどんどん侵略し始めている。

だから、我々としてもこれからはZARAやH&Mといった新たな小売業者に物を納めないと、日本のマーケットをとられてしまう、そういった潮流の中にいるわけです。

―― すでに納入実績が?

中村:
テキスタイルでの納品は実績があります。
今後の取り組みとしては、それを我々の最も得意な製造卸に持っていく。生地で売るのと比べれば、製品で売るほうが当然付加価値が付きます。売上高も利益率も当然上がるわけです。

もうひとつ、それによって見込まれる重要な効果は、工場を押さえることができる、稼働率を上げることができるということですね。生産数量が増えますから。

―― なぜ工場の稼働率が重要なのですか?

中村:
グローバル企業と本格的に取引できる体制を整えるためです。
相手はグローバルな視点でしか仕入れを行いませんから、仕入れにしてもロットが違うわけです。今の2倍、3倍のロットでオーダーが来ても、我々、現状ではそこまで大きな工場を押さえてはいないので、対応ができないというところがあります。

我々、日本では一、二を争う規模の専門店や量販店とお取引をしていますけれども、それでもこのクラスのお取引先があと2社、3社出てこなければZARAのオーダーに応えられる体制にはならないわけです。
でも、ここに対応できなければ、価格争いの中で限界コストを下げられず収益性の低下に巻き込まれる。だから、工場の稼働率をあげることが非常に重要なんですね。

「グローバル」のもうひとつの方向性は、思いっきり高いところに出ていくことです。
実は、当社の最高級のテキスタイル(生地)は、世界中で誰もが知っているようなブランドに納めているんですよ。
それこそワンピース1着の販売価格が100万円なんて商品が当たり前の様に陳列されているわけですから、我々から購入する生地代なんて数%ですよね。

1万円の生地を100万円の商品にする力を持っている企業も、世界にはある。そういった圧倒的に付加価値を創造する企業に納めて行く事も重視していますし、実際にそこも進めています。

―― とは言え、付加価値という意味では、最初におっしゃった「製品にして納める」という部分が中心になってくるのでしょうか。

中村:
やはり我々が得意なのは製造卸、つまり、企画から生産までを行った上で小売業に収めるというところで、このモデルで現在のような圧倒的ポジションを占めてきたわけですから。

米国はチェーンストアがすごく強いですから。そういったとこに収められるようにしていきたいですし、ヨーロッパは専門店が強いので、ブランドに持って行く。自社ブランドを展開することを含め、世界戦略は色々と練っています。

Q4: 今後の成長を見据えて取り組んでいることは?

―― 自社で展開するブランドとしては、2012年の12月末をもって御社は、1985年から続けてきたアンクラインブランドとの提携を解消されました。これも「グローバルチャレンジ」の一環でしょうか?

中村:
そうですね。やはりこれからは、世界中に我々自身が販路を持てるブランドを扱っていかなければ、どこかで詰まってしまう。やはり最終的にはアメリカにもヨーロッパにも出ていきたいですから。
アンクラインに関しては、アメリカ市場に持っていくことができないブランドだったんですよ。それが最大の理由です。

もう一つには、顧客層の高齢化もありました。
我々がアンクラインと提携したのは、37年前。当初は30代、40代ぐらいの女性をターゲットとして展開していたのですが、そのお客様がずっと継続的にお買い求め下さって。その結果…

―― …お客様の年齢層が上がってきてしまった?

中村:
ええ。60歳になられ、70歳になって来られたわけです。
もちろん、我々としては長年ごひいきにしてくださったお客様も大切にしていきたいと思っております。しかし、ブランドとしては当初の思いとは違い、新たな若いお客様層の獲得が難しくなってきます。

―― 2012年11月に発刊された中間事業報告書では、新たなブランドを展開する予定であると社長メッセージに書いてありました。

中村:
ええ。アンクラインは、本年(2013年)1月から順次、全世界で当社が販売できる「BERRDI(ベラルディ)」という新ブランドに切り替えていきます。
ロンドン・コレクションのデザイナーで、現在イタリア在住のアントニオ・ベラルディというデザイナーのセカンドラインとなります。店頭はかなり大きく変わると思いますよ。

BERRDI

(クリックして画像を拡大)

―― アンクラインは長年、御社の主力ブランドでしたし、直近でも決して業績が悪かったわけではない、むしろ順調であったと聞いています。そうした中でブランドを切り替えて新ブランドを立ち上げて…今は本当に、「グローバルチャレンジ」として大改革を進めておられる時期なのですね。

中村:
そうですね。でも社長にしてみれば、先代経営者の中には和装から洋装への転換という、それこそ今までの事業を根本から否定するような変化を先導してきた人がいて、自分の父親である元社長は、問屋から小売業への販路の転換を成し遂げてきた。
そういった歴史を良くわかっていますから、それと比べたら(今の改革ぐらいは)大きな転換ではない、そう思っていますよ。

―― チェーンストア向けの販路を開拓して来られたのが、社長の父親(7代目)だったと。

中村:
はい。元社長の下、当社は15年間で年商35億から1,000億へと成長しました。

それだけではありません。それこそ、世界ではタキヒヨーなんて誰も知らなかった1985年、ニューヨークでは誰でも知っている有名ブランドのアンクラインを買収し、アンクラインにいたチーフデザイナーを抜擢してダナキャランという新ブランドを興し、公開まで持っていったのも当社なんです。

―― すごいことですね!

中村:
国際ブランドを作った日本人、その血を受け継いでいる社長は当然のごとく世界ブランドを興すつもりでいます。そうなって当たり前だと思いますし、絶対やってくれると私達は思っていますよ。
うちの会社、何が自慢かって、トップが素晴らしい。

―― 社長はどんな方なのですか?

中村:
テキスタイルに精通しています。世界中の色んな産地も巡っているし、糸も分かる。百貨店向けブランドにずっと携わっても来ましたので、ブランドビジネスも得意ですね。
ですから、海外有名ブランドへの生地販売などの案件にはこれまでも絡んでいますし、アンクラインからベラルディに変えるというのも、ここ何年間か、アントニオ・ベラルディ氏のところに一人で行って、がーっと交渉してきて。

―― トップ自らがそのように動けるのは素晴らしいですね。育って来られた環境の影響もあるのでしょうか。

中村:
そうですね、それは本当にそうだと思います。元社長と一緒に子どもの頃から海外を回っていますからね。
ですから、アンクラインやダナキャランの関係で知り合った世界のファッション業界の人達とも長年の知り合いなんですよ。「おまえ、高校生のころから知ってるぞ」みたいな話で(笑)、アポイントは100%入るそうですから。

―― そういったお話をうかがうと、グローバルブランドの立ち上げは意外と近いのかも知れないという気もしてきます。

中村:
うーん、そこはどうでしょう。
社長は焦って進めて「砂上の楼閣」のようになってしまうことをすごく嫌がっていますからね。やはり足元を固めながらじっくりという形になるでしょうね。

社長はいつも、僕一人が暴れたって何もできない、社員みんなが動かないと、と口癖のように言っています。俺なんかちっとも偉くない、社員がいるからこそだ、ってね。

Q5: 個人向けIRの方針および個人投資家へのメッセージをお話し下さい。

―― 色々うかがってきましたが、グローバルチャレンジの意義について改めてお話頂けますか?

中村:
アパレル業界は今、産業としては低賃金じゃないと難しいという方向に動いてはいますが、やはり日本のクオリティ、我々自身が日本の消費者の方々と産地の方々の間に立ちながら高め続けてきた、本当に日本人が好むようなクオリティは世界水準のものです。

それはね、色やシルエット、コーディネート、そういった趣味嗜好の部分については国境を越えると色々文化的な違いがあるのでしょうけれども、着心地の良いものが好まれるということは多分変わりませんし、生地の耐久性や、細かいところまで気配りを持って製品作りをしてきた、我々のメイドインジャパンならではの良さ、それが海外でも評価されるのではないでしょうか。

いつか、「衣料品は、やはり日本人の感性が入ったものに限る」そうおっしゃって頂けるように、我々自身が世界の産地とのパイプを持って、日本で培ってきた強みを世界で展開していく。そして、世界中の人たちに注目をされる企業へと変わっていくこと――それがグローバルチャレンジの意味であり、目指すところなんです。

壮大な目標に聞こえると思いますし、今、僕が言っているだけでは法螺に聞こえてしまうかもしれませんけれど、タキヒヨーはそういった成長を現実に遂げてきた会社ですから。

先ほど、元社長の下で当社は15年間で年商35億から1,000億に成長したと申し上げましたが、15年で30倍ということは、今の年商を仮に700億円とすると、その30倍は2兆1,000億。それって、インディテックス(編集室注:ZARAを保有する企業)の年商規模ですよね。

ともあれ、我々も諦めずに挑戦し続けていきますので、皆様もあせらず長い目で当社を見て頂ければ幸いです。気が付いたらすごい会社になっていた、そんな風に思っていただけるようになりたいですね。

―― 本日はありがとうございました!