日本発の画期的新薬は生まれにくい。
がん治療には、強い副作用が付き物。
――そんな製薬業界の「常識」を塗り替えつつあるのが、中外製薬株式会社です。

同社が開発した国産初の抗体医薬品「アクテムラ」は、関節リウマチ治療薬として世界70カ国以上で販売される大型製品に。

副作用が少なく効果の高いがん治療薬としては、豊富な抗体医薬品を持ち、さらに今後は一人一人に合わせた「個別化治療」へと進化――。

「我々はあくまでも未充足の医療ニーズが高い領域で、今まで治らなかった疾患を治す薬を患者さんにお届けしていく」、そう自信を持って語る同社の広報IR部の内田さん、時田さんに、バイオ医薬品、抗体医薬品、そして個別化医療の現在と同社の強みについてお話を伺いました。

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Q2: 事業環境とその対応は? また、それに対応する戦略は?

―― ありがとうございます。だいぶ御社の特長がわかってきましたところで、今度は事業環境認識についてお伺いしたいと思います。
今、特に先進国市場では医療財政の逼迫を背景に後発医薬品の台頭も著しいですから、新薬の開発を中心とされる製薬会社さんには厳しい事業環境と一般的には言われておりますけれども、この点について、御社ではどのようにとらえておられますか?

内田:
影響を受ける部分が無いとは申しませんが、何しろ当社は売上の半分以上がバイオ医薬品ですからね…特許が切れてもすぐには(後発医薬品が)出てこないんですよ。

実例でお話しますと、第一世代のバイオ医薬品であるエリスロポエチン(EPO)の基本特許は、2005年に特許が切れたのですが、バイオ後続品(編集室注:バイオ医薬品の後発品。ジェネリック医薬品のようなもの)が製品として世の中に出てきたのは、2010年。つまり、5年ぐらいかかっているわけです。

―― 先ほどお話があった、「バイオ医薬品は量産が難しい」というお話と関係があるのでしょうか。

内田:
そうです、まさにその話ですね。
バイオ医薬品は再現が難しい、量産が困難というお話をしましたが、これが抗体医薬品になると、もっと複雑になります。ですから、他社(バイオ後続品)さんが開発と製造に時間がかかっている間に、我々のほうでは次世代品を開発できるわけです。

たとえば、抗体医薬品の「ハーセプチン」は、第二世代、第三世代の製品がすでにロシュで申請済みなんですね。これはハーセプチン以上の治療効果、延命効果があるというデータが既にでています。そうなりますと、多額の予算と5年なりの歳月をかけてハーセプチンのバイオ後続品を開発しても、果たして売れるのか、投資として見合うものになるのか、という話になる。
バイオ後続品の事業が通常の医療用医薬品の後発品事業と比べてリスクが高くなってしまう可能性があるわけです。

―― うーん、確かにそれは考えてしまいますね…。

内田:
同じく抗体医薬品では、「リツキサン」、そして「アクテムラ」これらもすでに第二世代となる製品の開発が進んでいます。
ですから先程のご質問への答えとしては、当社はとにかく「前を走り続ける」ことでそういった環境の中でも勝ち残っていけると考えておりますし、フロントランナーとしての道を選ぶからには、常にやり続けていかないとだめなんだろうと、そう思っています。

我々としてはジェネリックやバイオ後続品に参入するということはまったく考えていない。あくまでもアンメットメディカルニーズ(未充足の医療ニーズ)が高いところで、ファーストインクラス、またはベストインクラス(編集室注:いずれも新規性と有用性の高い医薬品という意味)の薬を作っていく、今まで治らなかった疾患を治す薬を患者さんにお届けしていくというのが、中外のミッションですから。

―― 言い換えるなら「高くても売れる」それだけ効く薬を作っていくと。

内田:
関節リウマチ治療薬の「アクテムラ」などはまさにそうだと思うんですよね。
バイオロジクス(生物学的製剤)ですから価格は非常に高い。ですが今、国内では2ケタペースで市場が伸び続けています。

アクテムラが発売になった2008年に生物学的製剤を使っていたのは、数万人でした。ですが今は10万人を超える数になっていると言われています。
日本では関節リウマチの患者さんは今、60~70万人と言われていますので、ここに浸透していくことで、一層の伸びが見込まれます。

―― 非常に素人的な質問で恐縮ですが、こういった「高くても売れる、効く薬」を作る秘訣はどんなところにあるのですか?

内田:
バイオ云々を除いたベースで申し上げますと、アカデミア(研究機関)との協力関係も非常に大きいですね。
アカデミアで出てきたアイデアを、製薬会社として持っているノウハウや技術と組み合わせることで、医薬品にしていく。その力は、日本の製薬会社の中ではおそらく、当社が一番強いと思います。
「アクテムラ」も大阪大学とのコラボレーションでできたものです。

産学連携成功例

(クリックして画像を拡大:「大変革を迫られる医薬品産業と中外のビジネスモデル」p.21より引用)

日本の国力や研究開発力については、その地位が低下したと言われることも多いのですが、まったくのスクラッチ(最初)から研究を始めて、今までなかったような物質を医薬品として創りだす力、コンスタントに新薬を生み出す力を持っている国は、世界中を見渡しても、アメリカと日本とヨーロッパのせいぜい数カ国ぐらいしかないんですよ。

日本はその中で、おそらく3位以内には入っている。
そういった国にベースを置いて、アカデミアとの連携も生かしながら研究開発を進めている我々には優位性がありますね。

―― そのようにうかがうと、希望が湧いてきますね!

編集室注:
「アクテムラ」の開発ストーリーについては日経ビジネスオンラインの下記記事にも詳しく掲載されていますので、あわせてご参照下さい。(全文を読むためには会員登録が必要です)

Q3: 今後の成長を見据えての戦略(取り組み)は?

―― 色々お伺いしてまいりましたが、最後に、今後のお話として挙げていただいた
個別化医療(PHC)への取り組みについてお話いただけますか?

■中外製薬の特長その3
個別化医療(Personalized Health Care:PHC)への取り組みが進んでいる

時田:
PHCとは何なのかをごく簡単に申しますと、治療を始める前にある薬が効くか効かないかをバイオマーカー(診断薬)などで調べまして、効く人だけにその薬を使う、ということです。
もう少し専門的に言えば「個々の患者さんの分子・遺伝子情報に応じて治療計画を立案・実行する治療法」ということになります。

個別化医療(PHC)の概念

「中外製薬の個別化医療への取り組みについて」P3より引用)

―― PHCを使った開発にはどのようなメリットがあるのですか?

内田:
臨床試験の打率が飛躍的に上がることが期待できます。なにしろ、その薬が効く患者さんを最初から選別して試験(治験)を行うわけですから…・

PHCの製薬会社における経済的期待効果

「中外製薬の個別化医療への取り組みについて」P5より引用)

―― ああ!そういうことですね。単純に症例の数を集めるということではなく、
ちゃんとマーカー診断をして、「効く人」を集めると…。

内田:
そうです、そうです。その薬が効く方、副作用が少なくてすむ方を選ぶんです。
そうしますと、当然試験の結果は、これまでと比較にならないぐらい良くなります。
効果的ですし、無駄がない。ということは当然患者さんにとっては最善の治療を提供できるということになりますし、医療費の削減にもつながるわけです。

―― なるほど、これまでは効かないかもしれないのに使っていたケースも…。

内田:
そうなんです。どんなに良いと言われる抗がん剤も、今は半分ぐらいしか効いていません。
でもなぜそうなるのか、なぜ効かないのかがこれまではわからなかったんですよ。

治験ではこれまでの(競合薬を使った)治療よりも良い結果が出た、という証明をしていくわけですが、どんなに画期的な新薬を開発しても、ケタが違うほどの差は出てこない。
それが、このPHCなら明らかな差が出てくるわけです。

―― すでに臨床試験でPHCを活用した実績はお持ちなのですか?

内田:
ありますよ。実はそもそも、「ハーセプチン」はそういう薬なんです。
HER2がポジティブな人(HER2というたんぱく質ががん細胞において多く発現している人)――これは、日本では乳がん患者全体の25%ぐらいなのですが――にしか使えない薬ですが、その方に対しては非常に良く効きます。

時田:
臨床段階という意味で申し上げますと、これは去年の10月にPHCの説明会を開催した時のスライドなのですが、赤字部分については全てPHCの手法で開発しています。

ご覧いただくと、最近臨床入りしたもの(=Phase1、ヒトを対象とした臨床試験)を中心に、ほとんどが赤字になっていることがおわかりいただけると思います。

開発パイプラインにおけるPHCの取り組み

(クリックして画像を拡大)

―― バイオマーカーについてですが、確かロシュさんの診断薬部門は、「部門」なのですが
グローバルトップ企業なのだと、以前聞いたことがあります。
そのロシュさんと一緒に進めていくことができるのは、御社の強みと考えてよろしいですか?

内田:
もちろんです。そこはもう、一番の強みと言っていいでしょうね。

先ほどの図(編集室注:PHCの製薬会社における経済的期待効果)でお示ししましたように、PHCは製薬会社にとってはすごくいい話なのですが、診断薬の会社さんにとっても同じとは限りませんので、積極的に協力するかというと、必ずしもそうではない場合があります。
もちろん、製薬会社のほうでも(開発中ということは)特許で守られている段階の情報を診断薬の会社さんに開示するかといったら、そこは難しいとも言えます。

その点、ロシュは今、個別化医療を中核戦略の一つに掲げていますし、診断薬部門は世界で一番強い。そして、ロシュ・中外ともに抗体医薬品とがん領域に強い。
そのあたりは非常に強みですし、だからこそ当社は、日本の個別化医療を牽引していかなくてはならないと思っていますね。

編集室注:
個別化医療については、 中外製薬アニュアルレポート2011 の特集に詳しく紹介されていますので、あわせてご一読いただけければ幸いです。

Q4: 個人投資家の皆様へのメッセージをお願いいたします。

―― 抗体医薬品に強く、自社で創製した「アクテムラ」は伸び盛り。
がん領域でNo,1の市場シェアを持ち、今後は個別化医療が進む。
非常に楽しみなお話を色々お伺い致しましたが、改めて、今、中外製薬様としてはどのようなステージを迎えておられるのか、お考えをお聞かせいただけますか。

内田:
以前の当社は、事業を支える“柱”が1つしかなく、弱かったんですよ。
ですが、今はがん領域が飛躍的に拡大し、自社開発品(アクテムラ)を中心に骨・関節領域も強くなり…と、様々な領域に複数の“柱”ができていますし、個別化医療の進展によってがん領域の柱は今後、もっと太くなっていく、そういう言い方をしてほぼ間違いがないところまで来ました。

時田:
さらに言えば、抗体医薬やがん領域以外でも、パイプラインの中で充実しつつあるのが統合失調症やアルツハイマーなどの、中枢神経(CNS)領域なんですね。
なかでもPhase3に入っている統合失調症の薬には非常に期待しています。

統合失調症というのは、精神疾患の1つでポジティブとネガティブの2つの症状が繰り返し表れるんですが、興奮状態を抑制する薬というのは世の中にたくさんあるんですね。でもネガティブ、つまり非常にふさがってしまうという症状も同時に改善できる薬というのは世の中にまだないんですよ。
ですがこのネガティブな状況も改善できないと、日常生活を取り戻したり、社会復帰をすることが容易ではない方もいらっしゃる。ご本人やご家族はもちろん、社会にとっても損失になっているわけです。

現在開発中の新薬はそこが改善できることが示唆されており、そのことをPhase3でうまく証明できれば、統合失調症の治療パラダイム自体が変えられるし、社会のベネフィットも大きい。そういった薬も開発しています。

内田:
そうそう、抗体医薬については、今年7月からシンガポールの研究子会社が稼働しています。
このリリースには「革新的な抗体創製技術を活用した新規抗体医薬品の創製に特化した研究を行う」とありますが、本当に革新的な、抗体のブレイクスルーになる技術――それこそ科学雑誌のネイチャーの表紙を飾るようなそういう技術を3つ持っています。

当社はこれから、これらの技術を軸に色々な抗体を開発していきます。今後の当社に是非ご期待下さい。

―― ありがとうございます。ぜひ、12月の説明会にお伺いしたいと思います。
本日はありがとうございました!